あの日

<あの日、どこで何をしていたか、あなたもきっと覚えていると思う。>
 そう、確かあの日部屋でいた。ずっと暑かった夏の日差しが幾分和らいだ日中だったような記憶がある。誰かと一緒に蒲団の中に居ただろうか。いや一人でパソコンにでも向かってただろうか。久しぶりに友人が電話を日中にかけてきたのに驚いてテレビを付けた途端に、二つ目の飛行機がビルに飛び込んで行った。それからビルが崩壊してしまうまでの時間ずっとテレビの前に居て状況を見つめていたように思う。一度コンビニにお金を下ろしに行ったような気がする。やはり誰もいなかったのだろうか、居たように思うのだが。怖い怖い次は大戦争が始まってしまう。ねえ、死ぬときは一緒だと言いながらセックスしてたのかも知れない。違う。きっと声も出ずに手を握りあっていただけだった。あれは誰だったのだろう。顔も髪の長さも胸の形も乳首の大きさも肩甲骨の膨らみも覚えているのに、名前が思い出せない。どうしても彼女の名前が思い出せない。左目に涙黒子があった。薬指より人指し指が長かった。足の爪に色が付いていて、ピンクの色が、柔らかくそして若い悲しさに溢れていた。
 僕らはセックスをするように生きる。何かに突き動かされて誰かに/何かを求め、それが一体何であるのか分からないまま/猪突猛進して/人は猪であって、蝶ではない。目暗が象をなでるようにしか物事を判別できない/言葉は理を解体し/身体は趣と理を一緒くたに鍋に放り込んでしまう。三欲が逃れられないもののように、気が付いた時には食べてるし、気が付いたときには夢の中に居て、気が付いた時には寝ている。
 NYという子宮、WTCという卵子に向かう精子卵子が弾けて人が溢れ、生まれたのは? カマキリは孕んだ雌に雄は食べられてしまうという。二つの国がそれからなくなった。生まれて来るのは一体なんだ? ああそうか。強さが欲しい。戦いに強い強さではなく、生まれて来た蛭子をロンギヌスの槍で突いて火にあぶって食べれるだけの強さが。そうだ、肉を食べよう。肉が食べたい。
 純粋無垢で何かを信じて遂行してしてしまうような菜食主義ではなく、臓物でも耳でも舌でも食べてしまえるような、肉食。
 ねえ。
 明日焼肉食べにゆかないかい? 腹一杯肉食べようよ。
 鯨でも豚でも牛でも人でも、キリストでもマホメットでも仏陀でもいいや、焼いてしまったら食べれるはずだ。
 ねえ。焼肉しようよ。君の名前はその時に教えてくれればいいからさ。
 とりあえず一緒に焼肉を囲もう。