風邪ひきさん手の鳴るほうへ

 ふらふらと体温38度の重たい身体をなんとかひきずりながら駅前のロータリーを歩いてると、どっと拍手が聞こえた。かなりの人がロータリーの端の一カ所に集まり円を作ってるのが見えた。なんだろうと人の輪に近づいてみると、ピエロ姿の大道芸人が風船を使って動物を作っている。キリンやパンダや犬や様々な動物を作ったと思ったら、地面に置くとそれらはゆっくりと今目覚めたように動き出すのだ。人々はその奇跡をみてやんややんやとはやし立てて、もっと作れとピエロに迫っている。ピエロは笑顔で動物を作り続ける。身長35センチのキリンがトコトコと地面を歩いてちいさな女の子に飛び掛かる。女の子はびっくりして「きゃア」と叫んでとびずさると、その母親が「このキリンは危険だ」といって騒ぎだした。人々の中からナイフを持った男が飛び出してきて、風船のキリンをパチンと言わせて殺してしまった。人々の中からナイフを持った男に向かって、「この男は危険だ」という声がした。男は逃げ出した。数人の若い少年が男を追いかけてスケートボードで頭を何発も殴って地面に倒した。バス道だったので、バスが死んだ男の上を乗り越えながらやってきて、中から人々を吐き出した。円陣となった人々はもうピエロを袋叩きにしてしまっていた。ピエロはうずくまって頭を抱えて震えていた。誰かが「面白い」からと、ピエロの服にライターで火を付ける。ピエロは飛び上がって火達磨になりながら踊りだす。どこからかタンゴのメロディが聞こえてきて、少女たちがぐるぐると回転して踊りだすのが見えた。バスから降りてきた人々の一番最後は武装集団で、いきなりマシンガンをぶっ放しながら「大日本帝国万歳」と叫んで人々の死体をそのあたり一面にまき散らすのだった。
「コーヒー飲もうよ」
 誰かに袖を引っ張られて見ると、それは以前からよく知った顔の子で、近くのレトロな感じの喫茶店に入るが、マスターはコーヒーと紅茶が分からなくなったようでおばさんの店員に「どっちだっけ?」と聞いている。参ったなあ、と思ったら、さっきの子が「こっちよ」と先に付いた席でスパゲッティを食べていた。口を軽く開けて「引っ張って」と舌の上のスパゲッティを指し示したので、引っ張ると、どんどんどんどんどんどんどんどん、長い長く延びた何メートルもあるようなスパゲッティがいくらでも出てきて、指先と彼女の口の周りがミートソースだらけになってしまった。
そして彼女は僕の目の前、顔の前で両手をパチンと叩く。もう一度。
パチン
にんまりと彼女は笑った。