ブコウスキーになりたい 脚本編

(こないだ書いたものに、ちょっと内容を変えてみた)

・画面で揺れる街。駅前のロータリーを人々が歩いてゆく。早朝。サラリーマンが多い。それらの人々の間を縫うように一人の学生風の男が歩いている。ミノワだ。
・カメラはロータリーから近くのマンションへの道を進む。
・やがてカメラが追いついてミノワの視点になる。
・マンションの側に男の姿が見える。サングラスと派手なアロハ。手には競馬新聞。脇に紙袋を抱えている。カメラはミノワの視点。

「電話を受けたミノワです」

・男は首を上げてサングラス越しにミノワを見る。

「おう。昨日中京で出た万馬券は?」
「カンナヅキキング」
「おーけーおけー。ほい。これや」

・男は急に柔らかな表情になり、ミノワに手にした紙袋を渡す。
・ミノワは中身を確かめるように持つ。案外軽い。カサカサと音を立ててもいい。ミノワに小さな紙切れを渡す。ミノワは見る。住所が書いてある。ミノワはちょっと驚いた風な表情で男を見る。
「おぼえたんか?」
「は、はい」
「んじゃ、な」

・男はミノワの手から紙切れを取って丸めてポケットに入れる。競馬新聞を畳み、脇に挟んで人の流れの中に消える。
・人々の中に消えて行く男の背中をカメラは写す。その場に佇むミノワの手元には一つの紙袋がある。

・駅の雑踏。→ミノワが切符を買って電車に乗る様子

ノローグ
 駅前のマンションにいきゃ仕事になんねん。指定された場所に紙袋を運ぶだけで金になる。
「いきゃーあいつ、ひと目でわかるわ。いきゃええんや」(花沢の声)
・紙袋を電車の席に座って開く。

「見んなよ」(花沢の声)

・リボンがつけられ包装された四角い箱。ブリキの箱のようだ。


・画面が変わる。クッキーか何かのブリキの箱が映る。中には小さな紙切れで溢れている。
・手が伸びてその紙を手に取り、また箱に戻す。はずれた馬券。
・ごっちゃごっちゃとものが溢れた部屋。本棚の中にブコウスキーが見える。小さなテーブルに男がいる。閉じられたラップトップ型のパソコン。あまり使われてる様子はなくて散乱した紙の下に置かれている。煙草の灰皿はいっぱい。文章を書いている男の部屋。男はなべっち。ミノワがテーブルに近付いて座る。テーブルの上にはビールの缶がいくつか見える。

ミノワ「これ、なんぼになるんや? いままでなんぼスッたんや?」
ナベ 「聞かないでくれよ」
ミノワ「なんでや。なんで溜とんねん」
ナベ 「関係ないだろ。溜めたらいくら負けたか分かるから溜めてるんだ」
ミノワ「んだけん、なんぼやゆうとる」
ナベ 「わからない」
ミノワ「なやんたら、意味のーないか?」
ナベ 「ほおって置いてくれんか」
ミノワ「なぁ。今度、当たったら通天閣からばらまいたろ」
ナベ 「どうして、そんなこと」
ミノワ「金が振ってきたんかとおもて、阿呆がぎょうさん集まるで。んで、じぶんがダイブしたらええねん」
ナベ 「アホだな、お前」
ミノワ(新聞を指さしながら)「じぶん、なんがくるとおもとん?」
ナベ 「3−6」
ミノワ「2−4ちゃうん?」
ナベ 「4はアリスワンダー。もう老いぼれだからだめだと思う」
ミノワ「往年のアリスを知らんからそげなこと言えんや」
ナベ (手を虚空に揺らしながら)「嘗ての栄光を追うものは栄光に最も遠い」
ミノワ「なんや?」
ナベ 「ナポレオン3世
ミノワ「ほんまか」
ナベ 「きっとそうだったに違いない」
ミノワ「また適当なこと抜かしよって」
ナベ 「またとは失礼だよ」
ミノワ「またやんけ。なんやって、あの作家が電話をかけてくるってのは」
ナベ 「こないだの話? ブコウスキー? チャールズ・ブコウスキー
ミノワ「そや。なんで白人のおっさんが日本語喋りよるんや。かかってくるわけないやろ」
ナベ 「だって、ブコウスキーは死んでるから。この世じゃなくて、向こうの世界じゃ言葉って関係ないと思うな。ブコウスキーにそんな短編があるんだよ。ヘミングウェイから電話がかかってくるの」
ミノワ「本読み過ぎて頭おかしゅうなったんとちゃうか」
ナベ 「やっぱり信じてくれないんだよな」
ミノワ「当たり前やアホが」
ナベ 「こないだアメリカの住所に送ったんだ。書いた小説」
ミノワ「届くわけないやろ」
ナベ 「でも返ってこなかったよ」


ノローグ
 何年振りや。3年になるんやろか。あの街にゆくんは気が重とーてしゃーない。
 忘れてしまおうとしても忘れられん。昔住んどった。
 あの街には金本という女がおった。

回想シーン(モノクロでも)
・アパートの部屋。ミノワが寝ている。部屋の外かでドアをガンガン叩く音が聞こえる。
・むくりと起きあがったミノワは頭の側にある目覚まし時計を見る。朝の5時。
・音がドアを叩く音だと気がついて、「うるさい」と叫ぶ。
・男の声が、今度はミノワの部屋のドアにやってきて、叫ぶ。何を言ってるのか分からないが、逆上してるようだ。起きあがったミノワは覗き穴を通して男を見る。
・男は若い。隣の部屋のドアを叩きながら「文子。出てこんか」と叫んでいる。案外線が細くて、弱いかもしれないと、ミノワはもう一度怒声を上げてドアを開ける。
・男が逃げて行く背中が見え、文子が恐る恐るドアを開ける。


・文子がゴムに空気を吹き込んでふくれてゆく。
・ベッドの中のミノワと文子。一つの布団にくるまり壁に背中を当ててベッドに座っている。

文子 「わたしね。お金が溜まったらハワイにお店持ちたいん」
ミノワ「ハワイ?なんで」
文子 「なんでも。ハワイにお花屋を開きたいん。ちゃんと名前も決めてんのよ。フラワーショップフミコ」
ミノワ「花屋?。自分、花が好きなん?」
文子 「ううん。べつに。でもね。わたし子供の頃おばあちゃんが入院した時にね。お花を持って行くのがとても楽しかったん。お花を選んでる時ってとても幸せな気分になるねん」

・ミノワは煙草をつける。

文子 「んでね。豚ちゃんを飼うの。ピギーって名前」

・文子の顔

文子 「ピギーちゃんはー。千葉の牧場に住んでるん。友達の花子と一緒に牧場を逃げ出して旅をするの。そしてね。会うん。ピギーちゃん見たら、ほんまに一目で分かるとおもう。そや。あれはぴぎーちゃんやって。わろとるやろ。ええんや。ぴぎーちゃんとわたしは広ろーて何もない駐車場であうんや。だから駐車場、好きなんや」
ミノワ「お前ほんまにアホや」
文子 「ええの。ほっといてな」
文子「昔ね。パパがね。っていっても実の父や。よくドライブに連れていってくれたん。休みのたびに。車好きやねんね。パパ。んでね、目的なんかなかったと思う。適当に走ってて、最後に広い遊園地に向かってゆくんやけんど、いっつも夕方になってそれから遊園地に入ったりする時間もないわけ。今思うときっとお金もなかったんやろうね。だから駐車場の脇でおばちゃんがやっとうアイスクリームを買ってくれんねん。シャーベットみたいなやつでね。わたし好きよ。今でも」
ミノワ「ゆうたら喰いたくなってきた」
文子 「アイスの父はそれからしばらくして死んでもうた。自分、親は?」
ミノワ「おるで。和歌山の方に」
文子 「ええなあ。うちはヤクザに追われて自殺してもうたがな」
ミノワ「俺の連れにもおるで。親、家に火をつけて自殺してもうたんが」
文子 「どないなったん」
ミノワ「ソイツ? 競馬しとる。ずっと競馬しとる。そんで、俺は物書きになるんやてゆうて、へったくそなもん書きよるわ」
文子 「ええねん。なんでもええんややることあったら」
ミノワ「でもな、しがみついとってもしゃーねぇんよ」
文子 「ううん。ピギーはわたしが生きてる証みたいなもんねん」
ミノワ「証ゆうても」
文子 「わたしセックスしとる時と、ピギーのこと考えとん時とだけは、生きてんねん」
ミノワ「あとは?」
文子 「生きとんのか死んどんのかわからへんのんよ」
ミノワ「じゅくじゅくに濡れて生きとんねんな」
文子 「いややわ」
ミノワ「豚とやればええねん」
文子 「あほ。豚のや、入れとーないわ」
・ミノワ文子の身体を触る
文子 「あほ」


・電車の風景。人々が小さな無人駅に降りる。乗車する人々。発車する電車。風景は徐々に田舎の風景に変わって行く
・ミノワ、紙袋をもう一度開ける。
・リボンがつけられ包装された四角い箱。ブリキの箱を振るとカサカサ音がする。
・ふと、携帯電話を取り出して、番号を押す。非通知発信。

ミノワ(鼻を押さえて)「おう。久しぶりだな。元気でやってるかな」
ナベ 「だ、誰です?」
ミノワ「おめー俺を忘れたのか?アホが。ブコウスキーだよブコウスキー
ナベ 「で、でも声が違うみたいで」
ミノワ「おう。しばらく入院してたんだよ。癌で喉をやられちまってな」
ナベ 「お大事に。大丈夫ですか?」
ミノワ「大丈夫もなにもあるか。俺は癌なんかじゃ死なないよ」
ナベ 「でも」
ミノワ「お前が心配することじゃない。まあ、放っておけ。それより、あれからなんか書けたか」
ナベ 「いえ。。。構想だけは出来てはいるのですが」
ミノワ「あほ。書かないと何も始まらないじゃないか」
ナベ 「そ、そうですが。自分はもしかするとダメかも知れないと思ったりして……才能なんて初めかなかったんじゃないかなと思ったり」
ミノワ「お前さ。人生なんてポーカーと同じだよ」
ナベ 「ポーカー?」
ミノワ「ポーカー。初めに配られた手札でしか勝負できないってことさ」
ナベ 「でも」
ミノワ「分からないか? じゃあ、馬だ。お前は賭けた馬じゃないだろ?」
ナベ 「は、はい」
ミノワ「じゃあ、運を天に任せるしかないってことさ。くだらねえよなあ。俺はただ糞みたいなものを書いたら、馬鹿みたいに受けちまってさ。酒が飲みたいのにバーに行けばブク。ブク。って囃し立てられてさ」
ナベ 「でも、成功したんでしょ」
ミノワ「したさ。もちろん。俺は天才だからな。馬だって、馬鹿みたいに儲かったぜ。おう。お前が前に送ってくれた小説読んだよ。暇だったしな。なかなか良かったよ。あの女教師の尻がプルプル震えるなんて部分はな。後は糞ばっかりだったがな」
ナベ 「そ、そうですか」
ミノワ「まあ、なんだっていいんだ。頑張りな。糞は糞でも哲学を誘発するもんだ。哲学は糞に始まって糞に終わる。分かるよな」
ナベ 「は、はい。ブコウスキーさんもがんばってください」
ミノワ「お前、菊花賞、どれがくると思う?」
ナベ 「2−6です」
ミノワ「まさか。おれは4−7だな。馬を見ろ」
ナベ 「馬ですか?」
ミノワ「ああ。馬を見てその馬になってみるんだ。そしたら勝つか負けるか分かるってもんよ。まあいいさ。頑張りな」
ナベ 「は、はい。ブコウスキーさんもがんばってください」

・ミノワは唐突に電話を切る。何故ポーカーの話が出てきたのか分からない。自分だって考えてもみなかった話だった。

・絵本「ピギーの冒険たん」(パステルで描いた絵本風の絵が続く)
・あらすじ
 柵を飛び越えて脱出する二匹の羊。緑の牧場
 ビル街の間で連れだって歩く二匹の羊。高速道路に驚く羊たち。一匹が車に轢かれて死ぬ。もう一匹はそのまま旅を続ける。暗い森。激しい雨に打たれながら凍える羊。小さく大木の影に隠れるように身を縮める羊。山を駆け抜ける羊。何枚か絵が続いて、広い駐車場に佇む羊。両手を広げて駆け寄ってくる文子が天使のよう。羊は嬉しそうに駆け寄る出会いの場面。

・電車脇の道。草が生えている広場がある。穏やかな午後の日差し。歩きながら。
文子 「じぶん、100万円あったら何がしたいん?」
ミノワ「100万? 持っとんか。じゃあ、貸せや。パチンコか馬にかける。そんで倍にしたるで」
文子 「あほ。どうせ全部スってしまうやんけ」
ミノワ「スって。スるわけないやん。スるって決めてしもうたら何もならんで」
文子 「や。スる。スるんやて決もうとんねん」
ミノワ「決めんといて。運命はわからんからええんやん」
文子 「いいんや。負けるって分かっとったら、他に使こうたらええんや」
ミノワ「じゃあ、お前は何に使うんや」
文子 「100万やお店持つんには足らへん。ピギーちゃんに大きなおうちを建ててやりたい」
ミノワ「豚小屋か」
文子 「うん。ええ服買うたって、なんぼも買えんやろ。やったらピギーちゃんのために使いたいねん」
ミノワ「100万ねー。旅行は行ける。旨いもん喰って、ええ生活できるわ。ほんのちょっとやけど」
文子 「そんなんええわ。やったら何んか残るもんがええやろ」
ミノワ「やったら通天閣からばらまいたるで。オモロイぞ」

文子 「曼珠沙華って仏さんの花やんけ」
ミノワ「まんじるさげ」
文子 「あほ」
ミノワ「で、なんや」
文子 「あの花で首飾りつくるやん」
ミノワ「うん」
文子 「あれ、夜中、寝てるときに首から下げたままで寝てもうたらあかんで」
ミノワ「ガキやあるまいし。今時のガキはやらんやろ」
文子 「怖い話なんやけど、あれ、夜中に寝とる間に、だんだん締まってきて、寝てる人の首締めてもうたるねん。花輪が締まってくるんやで。怖わない」
ミノワ「怖ない」
文子 「秋になると子供死ぬんやで。仏さんが子供が欲しゅうて、締めてしまうんや」
ミノワ「嘘や」
文子 「子供の頃に住んどった、田舎の村やと、そんな話あったん。秋は子供が死ぬゆうて」
ミノワ「どんな田舎や」
文子 「うち、親おらんのや」
ミノワ「うん」
文子 「仏さんに殺されてしもうたねん」
曼珠沙華を首から下げるミノワの絵。
・文子の首にも曼珠沙華。にやっと笑う。
文子 「ほらね」

・田舎の商店街。
・閑散としてる。ミノワは懐かしそうに顔をあげる。風景を写すカメラ。
・子供が歩いてたり走ってたりする(なくてもいい)。紙袋を脇に抱えて、ミノワは歩き出す。
・風景を写しながら揺れる画面。(はじめの画面と呼応)
・一見のアパート
・ミノワは階段を上がってドアを叩く。表札はない。
・中から若い男が出てくる。サングラスをしてるがナベっちそっくりの男。服装はまるで別人だから本人ではない。(役者同じ)
男  「なんだよ。さっさと入れよ」
ミノワ「あ、あの」
男  「なんだ?」
ミノワ「いえ」
男  「ブツは?」
・ミノワ紙袋を渡す。男の様子をじっと見つめながらミノワは驚愕したまま
男  「なんだ?」
ミノワ「あ、あの、そっくりな友人を知ってまして」
男  「なんだ? あ、俺か?」
・男はサングラスを外す
・ミノワ愕然と言葉もなく男がサングラスを戻すのを眺めている
男  「どうだ。ちがうだろ」(といいながら紙袋を破く)
ミノワ「そっくりです。ほんとそっくりです」
男  「他人の空似やって。アホが。変なヤツやな」
ミノワ「兄弟とかいらっしゃいますか」
男  「もういい」(といいつつブリキの缶を開けると中から紙切れが一面に落ちる)
男  「チッ。お前がアホなこと言うから撒いたじゃないか」
ミノワ「すみません」
男  「おい。これ。やる」(紙の一枚を拾って手を玄関のミノワの方に差し伸ばす)
ミノワ「あ、はい」
・手に取ると馬券
中京競馬場のカンナヅキキング。昨日の万馬券
・手の中を何度も見返すミノワに男がニヤリと笑っていう。
男  「それはまだ安い方。これ、全部カンナヅキキングだ。分かったらさっさと帰んな」
ミノワ「ありがとうございました」
男  「バレたらお前のせいだと思うからな。用心しろよ」
ミノワ「は、はい」
男  「はよ行け」
ミノワ「失礼します」

・慌ててアパートから遠ざかるミノワ
・手に万馬券を握り締めて、小走りがやがて本格的な走りに変わる
・息をついてあわてて、住宅地から商店街に抜ける道を走りぬけ、公園の側で息を切らして休憩をとる。
万馬券を見てやっとうれしさがこみ上げてくる。嬉しそうな動作。
・目に入った自販機に近付き祝杯をあげようとコインを入れて、ビールを買う。
・するとすぐ側を歩いていた髪の長い女性が急に寄ってきて受け取り口に手を差し込んで、ミノワより先にビールを取る。
・文子が以前のままの様子で立っている。にこりとしながらビールの封を開ける

文子 「あら、久しぶりじゃないの」