電子図書館構想

FREIHEITSTROMさんの「骨折星雲」化するネットとアーカイブと検索エンジンを読んで思った。
こないだからちょっと考えていたことがある。ネットの資源のある種の有効利用なのだけど、それはP2Pの技術を有効路用しようとするもので、たとえば、今だってそれがある種の法に触れるか触れないかの是非は抜きにして、「ちょっとこの(〜という)曲を聞いてみたい」という時にはP2Pのソフトで検索をかければあっという間に手に入る。こういったことはたぶん、口に出すか出さないかは別にして、やっている人は多いのではないかとも思うのだけど、引用すると以下の部分だ。

  • Winny等のP2Pネットワークでも書籍情報が流通している(エリスン「世界の中心で愛をさけんだけもの」なんてものあった)。全ページをスキャナした情報で、もちろん著作権法違反なのは明白なのだけど、しかし、この事態は裏を返せばすでにアーカイブとして機能しているということでもある。

そうそう。共有されているのは単にエロ動画とかmp3だけじゃない。映画も書籍もコミックも、様々なものがそこにはある。
ではそれをふまえて例えば、こういう商売は可能だろうか?
「会員制のインターネットアーカイブ図書館」
今、僕らは年間どれぐらい書籍代や映画代やCD代に消費をしているのだろう?
1万? 3万? 5万?
P2Pをパケット代金制でそのパケット代金分だけダウンロードすることができるとする。
例えば、年間契約を結び、会員になるために2万を払うことにする。すると二万円分のダウンロードが可能になる。もちろん、通常に書籍やCDを購入するより安価に設定して、ある固定のP2Pアプリを利用することにする。規約としてはダウンロードしたものは特定のフォルダにしか保存はできないのだが、コピーは可。もちろんそれぞれのフォルダを開放する必要がある。だが、その図書館アーカイブに接続すれば様々なデータにアクッセスすることができる。そして気にいったものをダウンロードできる。六本木ヒルズの有料図書館のように、会員になること自体がステータスのようにする。たとえば最大コンテンツ利用者を100万人にする。たとえば知的利用者層は限られてくるし、またコンテンツの総資産料も見えてくる。コンテンツの利用者層の把握もできるし、経済的な見通しも立つのではないか??だが。。。。
それをいまの企業が開始するのでは、一部の金持ちとそうではないものという差異を生むだけだが、逆に「ものをつくる」人々を前提としてそうしたサービスを始めるのはどうだろうか?SNSタイプのサービスとして。。
僕の考える世界の住人は何かを作るものと消費するものというものに二分される酷く傲慢な世界だ。そしてまた消費しつつも何かを作る人たちのことだ。10人いればその中で2〜3人だけの世界だ。
傲慢かも知れない。だが、現実的にどの社会でもどういう場所でも、ある種のコンテンツを作成するものやある種の制作に携わるひとびとの割合は、一極集中はしてはいまいか。どういう社会でもその社会を維持するために働く人々は全体の二三割で、他の人はその労力の恩恵を受けるのみだ。うがちすぎだろうか?いや。たとえば映画製作の現場はどうだ?アニメーション制作側と鑑賞者の差異はどうだ。作り手は不眠不休で仕事をして、出来上がったものは安価に提供される。いや、金銭的にひどくアンバランスな様相を呈してはいまいか。どの現場の声でも同じだ。
好きでやってる仕事ではある。だが、なぜこんなにも安くひどい待遇で働かねばならないのだ。もっと良いものを作りたい。もっと良いものを観たい。だが、まったく労働に見合わない。なぜこの国ではコンテンツを制作する側がこれほどまでに苦しい状況になければならないのか。もっとものを作る人々は社会的な地位を得られないのか。
「ものを作る」人は社会の奴隷である。金がすべての価値を支配する。
果たしてそういえるだろうか?
金銭に収奪されない価値の中からこそ新しいものが生まれ、美的精神的に必要なものが生まれるのではないか?そしてそうした人々のために本当は無料で電子図書館アーカイブが必要なのではないか。アナーキーな混沌としたもの無秩序の中からこそ生まれてくるものこそ芸術ではないか?
だからこその電子図書館。僕は間違っているのだろうか??