夜、くびをしめる

 とっくに眠ったはずのその子が「サイキさんそんなに首締めたら苦しいよ」と言ったのでウトウトと眠りかけた僕はびっくりして飛び起きると、彼女はやはりすやすやと眠っていて、それは寝言に違いなかった。一体どんな夢を見ているのだろう。昨日喧嘩をしたからか。それともそんなつもりもないのに何かしらの憎悪を発していたのだろうか。
 喧嘩をしたのはとてもくだらない理由で、ラーメンの残った汁を飲むか飲まないかみたいなことが発端だった。
 テーブルの上からひっくり返したラーメンの汁は床に黒い染みを残し、半乾きのネギがいくつか緑色の背中を晒していた。もちろん彼女なりに僕の身体を心配してくれているのだろうと思ったが、それにしてもラーメンの汁ぐらい飲み干してもいいではないかとも思わないでもない。
「だから、そういっていっつも私のいうこと聞いてくれないのね」
 そう叫んだ彼女の脳裏にはいくつも事例が浮かび上がっていたのだろう。やがて、ベッドに腰を下ろして泣きだした。面倒だなと僕は煙草をふかしながら別の部屋にいて、そのまま泣き疲れて眠ってしまうまで彼女を捨てておいた。
 ねえ、私のこと、愛してる?
 しらねーよ
 私の頬にキスしてよ
 いやだね
 じゃあ私のこと嫌いなのね
 ううん。好きだよ
 うそばっかり
 その後、彼女がむっくりと起きると僕らは映画を観た。「花とアリス」だった。 二人の少女たちの、奇妙なストーリー。思い込みと激しさと悲しさとが溢れていて、いつしか僕らは涙を流していた。万年筆はね。いざ使おうと思ったら見つからなくて、気が付いたら机の引き出しの奥に転がってて、使ったら使ったで、インクがすぐになくなって、それでね。
 愛だ悲しみだ、憎しみだというものは、すべからくその万年筆みたいなものじゃないかな。ああ、こんなところにあったと、不意に気が付いて、嬉しさと悲しさと慈愛に溢れてて。
 彼女はそんなロマンチックな感情に浸った僕に向かって指をピストルの形にした。

 ばきゅーん

 痛いね。きっとそんな夢に違いない。